ワンオペ育児の強い味方『子連れOKな美容室』でニイガキさんにしてもらったお話。
こんなはずじゃなかった。
顔の上に娘を乗せ、頭を洗われる日がやってくるなんて、思ってもみなかった。
あの日、私は意気揚々と、ご機嫌で、お洒落にきめて出かけたのだ。
それなのに、気が付けば汗だくの娘を顔に乗せて、汗だくで横たわる私が、表参道にいた。
数ヶ月ほど前に話は遡る。
旦那さんが転勤となり、3ヶ月ほどの間3人家族は1対2に分かれて暮らすことになった。
旦那さん1と、娘と私の2だ。
旦那さんは異国で仕事を、私は大田区で子育てを、娘は大田区で自らを最大限に高める。
各々の任務を責任を持って頑張ることにした。
割と近めにある実家には多忙な姉しかおらず、親は519.8キロ離れた所で働き、義実家は、大田区から933.6キロ離れている。
そこで、純度100%のワンオペレーション育児に挑むことにしたのだ。
生後3ヶ月の娘と私の2人でスタートした新生活。
1週間も経つと、
あれあれあれ〜?この世には私と娘たった二人しかいなくなったのかな?みんなゾンビにやられたのかしら。私がミラ・ジョボビッチになる日がいよいよやってきたのか。
と、孤独感が押し寄せまくってきたので、ルンバを引っ張り出した。
うちにいるルンバは人一倍、
いや、ルン倍ポンコツで、
スイッチを入れて出かけると、帰ってくる頃には必ず玄関で力尽きているので、出迎えてくれてる感があって、孤独を和らげてくれる優れものだ。
でも人というものは悲しい生き物で、ルンバの出迎えだけではすぐに満足できなくなる。
そこで、足繁く近くのモールに通い、この世にはこんなにも人が存在しているんだと確認するようになった。娘に、世界にはまともな大人がちゃんと存在することを教えなければならないからね。
さらに、大人と会話がしたくなり、片っ端から友人を家に招いた。
思いのほか友人が少なく、すぐにひと通り招き終わってしまった。
このままでは孤独感にやられ、ルンバをもう一台購入してしまいそうだったので、異常にリズム感がないにも関わらず、産後エクササイズwithベビーなるものに参加した。
エクササイズ中の1時間、リズムに乗れないことと、久々の他者との関わりに脳内がパニックを起こし、「私は貝になりたい」とずっと念じていた。
そして我が娘は爆音の中爆睡し、立派な貝になっていた。感服。
そんな孤独との激しい戦いを繰り広げる毎日だったが、ある日突然、髪を切りたいと思い立った。
髪を切ってガッキーみたいになれば、自ずとママ友が出来るに決まってる。
ひとたびガッキー姿で東横線に乗れば、我先にとママ友立候補者が出てくるはずだ。
思い立ったが吉日、子連れOKという優しさに包まれた美容院を探して予約を取った。
当日、いそいそと表参道に繰り出し、娘と2人で美容院の門をくぐった。
右下がりの前髪を持つ爽やかなお兄さんが出迎えてくれた。
久々の成人男性との交流に、持病の貝になりたい症状が発症しそうになり、
「ニイガキ ユイさんみたくしてください。」
と言ってしまった。
私がなりたいのは、あらがき ゆい さんだ。
お恥ずかしい話だが、ニイガキさんの事は私は存じあげない。
ニイガキさんもさぞ素敵な方だと思うが、知名度で言ったら、あらがき ゆい さんの方が上だと思う。
しかし、奇跡的にこのお兄さんはニイガキさんをご存知だった様子。
間髪入れず
「わかりました!」
と仰っていた。
ニイガキさんの髪型がどのような形状をしているのか分からないが、すんなり受け入れられたのでそこまで突飛な髪型ではないんだと思われる。
ニイガキさんがもし真っ青な髪だったりしたら、あのニイガキさんでいいんですか?と聞き返すはずだ。
ここはプロに任せよう。
ニイガキさんだろうと、アラガキさんだろうと、ガッキーはガッキーだ。
慣れた手つきでお兄さんが髪をどうにかしてくれている間、娘はベビーカーにおとなしく収まっていた。最初の30分ほど。
しかし、だんだんとガッキーへと変貌してゆく母の姿に恐れをなしたのか、愚図りはじめる。
ガッキーより私がいいなんて、人類でたった一人。唯一無二の存在。生まれてきてくれてありがとう。
そして、シャンプーの時が来た。
ぐずりマックスの今、無謀じゃなかろうかと思っていると、
抱っこでシャンプーもできますよ。
と、お兄さん。
ふむ。抱っこでシャンプー。
泣きわめかれながらシャンプーするよりもいいと思って、抱っこでシャンプーを選択した。
しかしこれが選択ミスだった。
ポケモンでミューツーに出くわして、興奮のあまり「逃げる」を選択してしまった時と同じくらいの選択ミスだ。誰しもすぐ電源を落とすはず。
娘を胸に抱き、椅子の背もたれが倒れていく。
あっという間に娘を胸の上に乗せ横たわる姿勢になった。
すると娘の目の色が変わり、
ガッキーになりたいってどの口が言うか!
と言わんばかりに、顔面をバシバシ叩き出した。
私はシャンプー中タオルをかけてほしい派だと常々主張してきたが、この時は娘が振り下ろす手を刮目しなければいけないので、タオルは邪魔な存在でしかなかった。
顔面を叩くだけならまだしも、だんだんと顔の上に全身を乗せてきた。
娘を顔に乗せる妙齢の女の頭を、お兄さんはどんな気持ちで洗っているのだろうか。
こんなはずじゃなかった。
こんな女の頭を洗うために美容師になったんじゃない。そう思っているかもしれない。
でもごめんなさい。こっちだって、こんなはずじゃなかったんです。本当にごめんなさい。
ただガッキーになりたかっただけなんです。
美容院で一番好きなシャンプータイムなのに、
今回ばかりは死ぬほど疲れる時間だった。
顔面に関して言えば、5ミリ潰れた。
それでも、お兄さんは嫌な顔せず髪を完璧に仕上げてくれた。
ガッキーになるために、顔に娘を乗せて髪を洗ったのだ。それはもう誰がなんといおうとガッキーだ。努力は必ず報われるのだ。
残念ながら、帰りの東横線でママ友は出来なかったが、髪を切ったことですごくリフレッシュされた。
その数日後、旦那さんが働く異国の地に合流したが、世界レベルの恐ろしい湿気により、頑張って手に入れたガッキーは誰にも披露されずに綺麗さっぱりいなくなった。
残念だ。
ここで皆さんにも、いかに私がガッキーであるかということを写真でお披露目したかったのに。今はもうどこかに言ってしまった。
私がガッキーだった事はまぎれもない事実だが、それは娘しか知らない。
私を見つけると笑顔で拍手をする娘が、最近テレビにホトちゃんが出ていると、満面の笑みで拍手をするとしても、私はガッキーだったのだ。
そうだよね?そうでしょ?そうだと言ってください。お願いします。